トラベルホリックの放浪記

私の生きがいである旅、ワーホリで経験したことなどを綴ります。

初めてのワーホリで仕事がなく、落ち込む日々


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語学学校を卒業した後、アルバイト先を探し、トレーニングや、トライアルを受けてはみたものの、不採用となってしまい、やることがありませんでした。

 

 

 

2カ月ほど就活をしてみましたが、なかなか仕事が決まらず、とても落ち込みました。

 

 

 

クラスメイト達が次々と卒業し仲の良かった友達が国に帰っていき、卒業後も学校には顔を出していたものの、次第に家にいる時間が多くなり、だんだんと孤独を感じるようになっていきました。

 

 

 

 

 

 生活拠点に関するこだわり

オークランドシティまで、就活範囲を広げれば仕事を見つけることはできたはずです。

 

 

 

しかし、坂が多く、建物ばかりで、全然ニュージーランドとしての魅力を感じられない町を、生活の拠点とするのが嫌でした。

 

 

 

また、私は今までの人生で、通勤通学に30分以上の時間をかけたことがありません。

 

 

 

フラットからシティセンターまでは45分かかるため、仕事が見つかっても毎日通う気にはなれなかったでしょう。

 

 

 

街中に引っ越せば良かったのですが、オークランドのレントはニュージーランドで一番高いのです。

 

 

 

 

当時はろくに英語も話せなかったのに、結局は私が生活の拠点にこだわり過ぎたために、仕事が見つかりませんでした。

 

 

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転機

そんな中、語学学校で出会った1つ年上の元クラスメイト達と旅行へ行く話が持ち上がりました。

 

 

 

一人は未だに通学中でしたが、車を持っていたのでホリデーを取り、私たちを連れて行ってくれることになりました。(私の語学学校では1週間単位でホリデーを取り、その分の授業を繰り越すことができました

 

 

 

 

もう一人は既に南島に移動し、エクスチェンジとしてバッパーで働いていましたが、北島に戻る用事があるので、船でウェリントンに着いた後、オークランドに戻る道のりを車で旅行したいということで、私は当時無職でお金に不安があったものの、気分を変えるためにも旅行することにしました。

 

 

 

 

その旅行の計画はグループラインで色々相談しながら、行く先や日にちを決め、手分けして、宿の予約をしたりしました。その時に、今の私の状況を相談し、南島の様子はどうなのかを聞くために、南島にいる子に電話をしました。

 

 

 

 

私は当時、フラットに住みながら、バイトで生活費を稼ぐだけが、ワーホリの生活手段だと思っていました。

 

 

 

 

しかし、バッパーでエクスチェンジをすれば、少なくとも宿代は払わなくて済むし、同時にペイドジョブを見つければ、貯金をすることもできる。と、その子のアドバイスによって気づくことができました。

 

 

 

 

さらにバッパーでの暮らしはお客さんと話す機会が多いので、自分次第で英語力も鍛えることができるとのこと。

 

 

 

私は、語学学校のある町から離れると困った時に、頼れる人がいなくなるため、別の土地に移動することすら怖がっていましたが、経験者の話を聞くことができて、移動する決心が着きました。

 

 

 

その時相談に乗ってくれて、自分の経験を元にアドバイスをくれた彼女にはとても感謝しています。人生は出会う人によって左右されると言いますが、本当にその通りだと思います。

 

 

 

無職からの脱却

バッパーでのエクスチェンジは、メールのやり取りだけで採用になることも多く、移動しながら就活することができました。

 

 

 

私は自分で職場環境を確かめたいので、直接その場にレジュメを落としに行くのではなく、メールだけで職場を決めたのは、これが最初でおそらく最後になると思います。

 

 

 

 

北島を1週間旅行し、南島に移り旅をしながら、同時にメールを送り就活していました。旅の中盤に運よく、日本人オーナーのバッパーで働くことが決まり、活路を見出しました。

 

 

 

このバッパーでのエクスチェンジが、この先の私のニュージーランドの生活、ひいては私の人生を大きく左右することになるのです。

 

 

 

その後、私はそのエクスチェンジをした町で、残りの7カ月半のワーホリ期間を過ごすことになります。